最後に自分の誕生を祝ったのは、一体、どれほど昔のことだろうか。 この、冷たき骸にも似た体となってから、一度たりともそれを幸せだとも、祝うべきだとも思わなかった。 けれど……… 眼を覚まし、暗い天井を見上げる。そこにあるのは無機質な闇を四隅に凝らせた、ただの天井で、何も映ってはいないのに、磨かれたような天井の黒さに、自分の負にまみれた心が映し出されているようで、目を背ける。 腕を伸ばして、サイドテーブルに置いてあるライトを点灯させれば、淡い橙色の明かりが灯る。 深く息を吸い込んで、吐き出した。と、普段嗅ぎなれない匂いがした気がして、周囲に目を向ける。だが、部屋の中には何もない。いつもどおりの、自分の部屋だ。芳香剤のようなものも置いていないし、今嗅いだような甘ったるい匂いの元になるようなものなど、目につきはしない。 ベッドから降りて、ライトを消して部屋を出る。 廊下には、部屋で嗅いだ以上の甘い匂いが、充満していた。 「何だ、これは」 明らかに、おかしい。こんな甘ったるいとでも形容できるような匂いを、家の中で嗅ぐはずがない。理由は簡単だ。 この匂いの元になっているであろう食品を、全く食べる必要がどこにもないからだ。 憤懣やるかたないといった表情で階段を降りて、匂いの元を辿って扉を開けると、部屋のほぼ中央に置かれたテーブルの上に、ホールのケーキが置かれていた。 「あ、おはよう、ルルーシュ」 お皿とフォークを持ったスザクが、にこりと笑う。 「…何なんだ、これは?」 「え?ケーキだよ」 「それは見ればわかる。何で、こんなものがテーブルの真ん中に鎮座してるんだ?」 「何でって、今日は君の誕生日でしょ?」 「………何で、お前が知ってるんだ?」 「それは、私が教えたからだよ」 いつの間に背後に忍び寄ったものか、右手にシャンパングラスを三つと、左手にシャンパンのボトルを持ったシュナイゼルが、やはりこちらも穏やかに笑う。 「そう言うお前は何で知ってるんだ?」 「それは、君が何者かを調べている最中に知ったから、だよ」 「ストーカーか、お前は」 「酷いな。ほら、主賓はこちらだよ」 シュナイゼルに言われて視線をテーブルの方へと戻せば、皿とフォークを置いたスザクが、ルルーシュを手招いて椅子を引いた。 椅子に座ると、シャンパングラスが置かれ、皿とフォークが置かれる。 「ルルーシュって、年幾つ?」 「百を超えた時に数えるのをやめた」 「…蝋燭どうしよう」 「俺に吹き消せって言うのか?」 「勿論」 「断る」 「何で?定番じゃない」 「子供のすることだろ。それに、俺が生まれた頃にはそう言う習慣はなかった」 「そうなの?んー…じゃあ、いいか。何百本も差したらケーキが穴だらけになるもんね」 名残惜しそうに、持っていた蝋燭をケーキの脇へと置く。 ケーキは、生クリームがたっぷりと塗られた、ショートケーキだった。幾つものイチゴが乗っていて、中央にはチョコレートで“Happy Birthday”と作られた飾りが乗っている。 シャンパンのボトルを持ったシュナイゼルが、コルク栓を抜くと、小気味よい音が響き、シャンパンの中の炭酸が立てる音が軽やかに響いた。 琥珀色のそれがグラスに注がれていくのを見ていると、横から赤い包みが出てきた。 「はい。誕生日プレゼント」 「……あ、ああ」 細長いそれは、抱えるほどの大きさで、目で問うと、開けていいと言う了承なのだろう、スザクが頷いた。 リボンで作られた花の飾りを外し、リボンを外して包みを解くと、中からは白い箱が出てきた。蓋を外して中を見ると、コートが一枚、入っていた。 「時期的に、寒いでしょ。ルルーシュ、黒ばかり着るから、たまにはそういうのもどうかな、って」 入っていたコートの色は、白。それも、ほぼ純白に近い白だ。襟の部分には、取り外しが可能なファーがついている。 「先を越されてしまったな」 三人分のシャンパンを注ぎ終わったらしいシュナイゼルが、手に持っていた小さな箱をルルーシュの前に出す。こちらは、黒い包みに白いリボンのかけられたもので、掌サイズに収まるそれは、軽かった。 リボンを解き、包みを解いて出てきたのは、白い箱。箱の蓋を開けると、中にはベルベットの生地を使用した宝石箱が入っていた。宝石箱の蓋を開けると、中には女性用にも見える、細身のベルトの時計。 「時計盤の裏に、今日の日付を入れてもらった。私にとっては、君と出会えて、君の騎士となれて、最初の君の誕生日だ。記念すべき日だからね」 コートも時計もシンプルなデザインだが、時代や流行に左右されずに使い続けられる代物だろう。それは、これから先どれだけ生きるか分からないルルーシュへの、配慮だろうか。 「それで、ケーキはいつになったら食べられるんだ?」 時計とコートを箱の中へとしまい、シャンパンの注がれたグラスへと手を伸ばしたルルーシュの言葉に、スザクが、ナイフをとってくる、と満面の笑顔で台所へと駆け出す。 プレゼントと、バースデーケーキ。誕生日を祝うには当たり前すぎるそのセットが、とても幸福なものに思えて、ルルーシュは口元に笑みを刷いた。 「スザク、シュナイゼル」 戻ってきたスザクがケーキにナイフを入れようとしているのをやめ、シュナイゼルが椅子を引いて座ろうとしていたのをやめて、止まる。 「ありがとう」 ルルーシュの一言に、スザクとシュナイゼルは数瞬停止し、同時に口を開いた。 「誕生日おめでとう」 人であることをやめて、一体どれほどの時間が経ったのか…それでも、自分が生まれたことを祝福してくれる人がいる。 今度出掛ける時は、今日プレゼントされたコートを着て、時計をつけて出掛けようと、ルルーシュは決めた。 ![]() 2007年、ルルーシュ誕生日小説です。 吸血鬼物というオリジナル要素たっぷりな話での更新ですみません。 スザルルもシュナルルも両方書くにはこれが一番よかったので。 それに、柔らかくて優しくて甘い話にしたかったのです。 シュナイゼル様をルルと単品で絡ませると、鬼畜方面に走りそうだったので… ので、スザクと一緒に、ということで。 幸せ感が出てるといいな〜と思います。 タイトルの意味は、幸福な誕生日、です。 因みに、12月5日の誕生花はポインセチアです。 2007/12/5初出 |