*Dolce*


 僕はずっと、欲しかったのかもしれない。
 自分を呼んでくれる存在を。


 月明かり。鍵をかけ忘れた窓から入り込む涼しい風に、カーテンが靡く。その窓を閉め、鍵をかけ、捲れたカーテンを直す。点けっぱなしになっている机の上のライトを消し、そっと、足音を立てないように近づく。
 穏やかな寝息を確認し、ぎしりと、スプリングの軋むベッドの上へと乗る。
「んっ………」
 くるりと、横を向いていた体が上向きになり、黒い髪が揺れる。その髪を撫でようと手を伸ばし、乱れた一房に触れた。
 柔らかい。黒は、硬い色だと思い込んでいたけれど、こんなに柔らかい黒もあるのかと、不思議に思い、顔を近づける。
 そのまま、引かれるように唇を重ねる。
 一つ。二つ、啄ばむように唇を重ね、三度目に落としたキスは、深いものへと変わる。
 穏やかな寝息を奪うように。安らかな夢を奪うように。
「兄さん」
 小さく呟いて、背けられた顔を元へと戻すように手を添え、四つ、五つとキスを重ねる。
「んっ………、な、に…」
「兄さん」
「ロ、ロ?」
 寝惚けた目で、目の前にいる弟を紫色の瞳が見詰める。ここは自分の部屋で、ロロの部屋は別のはずだと思う以上に、何故自分のベッドの上に乗っているのかと、当然の疑問を浮かべる。
「何してるんだ?」
「兄さん」
「何だ?」
 眉尻の下がった弟の表情に、体を起そうとすると、肩を押されてベッドの上に縫い付けられる。
「ロロ?どうした?」
「兄さん」
「だから、何だ?」
 まるで、言葉を忘れてしまったように、同じ言葉しか紡がない弟に、流石に業を煮やしたのか、腕が伸びて軽く頭を叩く。
「人を起しておいて、何なんだ?」
「兄さん、僕…」
「怖い夢でも、見たか?」
 首を左右に振り、肩を掴んで押し付けている腕を伸ばして、背中へと回して抱きつく。
「側に、いていい?」
「………ああ」
「ずっと、ずっとだよ?それでも、いい?」
「ああ」
「大好きだよ、兄さん」
 ぐっと、背中に回した腕に力をこめて、抱きついた体を寄せる。
 熱を、求めるように。
「急に、どうした?」
「何でもない。何でも、ないよ………」
 何でもない。そう。何でも。
 ただ、怖いだけ。
 貴方を、失う事が。
 仮初だと、偽物だと分かっていても、だからこそ、失う事が恐ろしい。
 貴方の読んでくれる声を。
 貴方の撫でてくれる腕を。
 側にいてくれるその熱を。
「大好き」
 好きでいさせて、ずっと。
 この柔らかい気持ちを、忘れたくないから。
 だから、側にいさせて。
 たった一人、僕の兄さん。








『嘘と嘘』の続きっぽい感じです。
そこから更に“兄さん大好き病”の進んだ感のあるロロを。
この後、ロロはルルーシュに大してキス魔に。
なるとかだと、とても面白いかな、なぁんて。
因みにタイトルの“Dolce(ドルチェ)”は音楽用語で「柔和に、やさしく、あまく」です。




2008/4/28初出