許さない。 絶対に、許さないから。 かたり、と言う軽い音と共に、扉の閉まる気配。もう、とっくに日付は変わっている。帰ってきたその人物を迎えるために部屋を出ると、廊下を歩いてくる姿が眼に入った。 「お帰り、兄さん」 声をかける。いつものように。それは、一年前からの習慣。 「兄さん?」 いつもなら、「ただいま」と返る声がない。本当の自分を取り戻し、記憶を取り戻してもなお、自分を弟だといい、名前を呼んでくれていた彼から、返事がない。 「兄さん!」 ふらりと、通り抜けてしまう肩を掴み、顔を近づける。 「あ、ああ、ロロ」 驚いたように眼が見開かれ、しかしすぐに目が伏せられる。 覇気がない。まるで、存在そのものが空気と化して消えてしまいそうだった。 「どう、したの?」 答えはなく、ずるずるとその場に座り込んでしまう“兄”の腕を掴む。 震えていた。 何故?何があったの? 問いただしたかった。けれど、ここでそれは出来ないと思った。なぜなら、この屋敷には監視カメラがあちらこちらに仕掛けられている。機密情報局員全員を抱きこんだとはいえ、何があるか分からない。 「兄さん、ほら、部屋へ行こう?立てる?」 細い体。自分より背が高いのに、肩を貸すのが苦に感じない軽さ。今にも崩れ落ちそうな体を支えるために、腕を自分の肩へと回させ、ルルーシュの部屋へと連れて行く。 簡素な部屋。必要なもの以外はない部屋。部屋の中央に置かれたベッドに座らせ、椅子を引いてきて、座る。 「大丈夫?」 「っ………」 膝に置かれた拳が震える。 泣く、と思った。 けれど、予想に反して涙は零れず、伸びてきた腕に抱きすくめられた。 「兄さん?」 温かかった。これが、人の温もり。優しさの温度。 「大丈夫。僕はここにいるよ」 「………ロロ…」 「うん。ここにいるのは、僕だよ、兄さん」 誰が、貴方を傷つけたの? 誰が、貴方を苦しめたの? 誰が、貴方を悲しませたの? 誰が、貴方を泣かせているの? 「兄さん」 呼んで、腕を伸ばして背中へと回す。自分より大きい背中。けれど、今、それは酷く頼りなかった。 守って、あげなくては。 僕は、この人の“家族”で“弟”なんだから。 ぎゅっと、背中を抱きしめる腕に力を込める。 もっと、この腕が大きく、強く、貴方を抱きしめられたらよかったのに。貴方に、安らぎを与えられるくらいに。 「兄さん、寝よう?寝てしまえば、きっと悪いことを忘れられるよ」 「ロロ………」 「ん?」 「お前は、側にいてくれ」 重い、言葉。 ずきりと、胸を刺す。 「大丈夫だよ。側にいる。手を、握ってるよ」 その痛みをやり過ごして、横になる“兄”の手を握る。 貴方の側にいるのは、仕事。 貴方の側に在るのは、任務。 いずれ、僕は、貴方を……… 「僕も、一緒に寝ていい?」 「ああ」 ベッドに上がり、“兄”の横へ滑り込む。 「あったかい」 「そうだな」 元気に、なってくれればいい。 これが偽りだって、今あるこの温もりは嘘なんかじゃないから。 目を閉じた“兄”の顔が綺麗で、見ていられなかった。 まるで、石膏の像のように白く、整った顔。 寝息が聞こえてきたのを確認して、腕を伸ばす。 その顔に触れて、体を抱きしめて眠れば、僕は、貴方の本当の“弟”になれるだろうか。 でも、聞いてしまったから。 貴方が、呟いた名前を。 許さない。絶対に。 安らかな場所で、花の咲く綺麗な場所で汚いものから守られて、安穏と過ごすあの女。 自分が今までどれだけ守られてきたかを知らないくせに。自分が今もまだ、どれだけ守られているのかを知らないくせに。 非力で、無邪気で、残酷なお姫様。 僕は、許さない。 僕の大切な兄さんを傷つける、あの女を。 あいつが兄さんの本当の家族だと言うのが、余計に僕を苛立たせる。 お前の地位なんか、奪ってやる。僕こそが本物。僕こそが兄さんの“家族”になる。 もう、お前なんかいらない。 気づいた時に、泣き喚けばいい。 お前自身が、お前にとって一番大事なものを遠ざけたんだと。そのことに気づいて、悲しみに暮れればいい。 その時、僕は兄さんの横で笑ってる。兄さんも、僕に笑ってくれるはずだ。 だから、大丈夫だよ、兄さん。 僕が本当の“家族”になって、貴方を守ってあげる。貴方を本当に守れるのはきっと、僕だけだから。 だから、兄さん……… 僕だけを見て。 ![]() TURN6の後のロロとルル。 ずたぼろなルルを慰めるのはやはりロロの役目でしょう?と。 ナナリーに優しくないのは、どうしてもルルーシュ主義で見てしまうから。 ロロは迷ってるけど、一番深い場所では兄さん大好き!!みたいだと超いい。 タイトルに“”がついているのは、括弧仮、みたいな意味です。まだ本物の家族じゃない、みたいな? ロロはやっぱり兄さん守るためならどこまでも黒くなれると信じてるっ!! 2008/5/15初出 |