*紅の誓い*


 一度決めた事は、守り通す。
 それが、日本人としての誇り。
 “ゼロ”の親衛隊隊長としての、矜持。


 “黒の騎士団”に関することも、“ゼロ”に関することも聞かれることなく、独房の中に放置されて、幾日になったのか。粗末な食事の提供される時刻以外は、常に闇に閉ざされているせいで、自分が捕まってから何日が経とうとしているのか、紅月カレンは判断をしかねていた。
 そんな時に、独房の扉が蝶番を軋ませるような音を立てて、開いた。
 拷問か、それとも処刑か。何にせよ事態が動くのかと、下を向いたままでいると、聞いた覚えのある声が降ってきた。
「お久しぶりです、カレンさん」
 柔らかい、慈愛に満ちたといえる声。けれど、今ほどこの声が憎らしく、また嫌悪した事はなかった。
 閉じられた双眸、動かない足。車椅子に乗ったその姿は、華麗さほど違えど、一年前によく見ていた姿だった。けれど、あの時と今では、状況も、立場も違う。カレンにとって、今や彼女は学校の後輩ではなく、“敵”だった。
「ナナリー・ヴィ・ブリタニア」
「ナナリーと、昔のように呼んでください」
 すぐ側には、目付けなのか視線の鋭い女性が立っている。これ見よがしに眼鏡の淵に手を当ててずれを直しながら、まるで虫を見るかのような目つきで、カレンを見下ろす。
「嫌よ」
「カレンさん………」
「あんたは、敵だわ。“ゼロ”の、私達“黒の騎士団”の敵」
 そっぽを向いても、見えるのは灰色の壁。けれど、エリア11総督となったナナリーの顔を見るよりは、ましだった。
「カレンさん、お兄様の行方を、知りませんか?」
「はぁ!?」
 この子は、一体何を言っているのかと、眉間に皺を寄せる。
「そんなの、枢木スザクに聞きなさいよ」
「スザクさんは、知らない、と」
「ああ、そう。じゃあ、知らないんでしょ」
 何で、こんな気分になるのだろう。決して、彼女の事は嫌いじゃなかったはずなのに。優しくて、穏やかで、柔らかい雰囲気を持つ少女。“彼”に守られて、ずっと、ずっと………
 そうか、と思い至る。
 “彼”に守られていながら、“彼”を拒絶したからこそ、憎いのだ。
 くつり、と笑い、肩を震わせる。次第にその笑いが、喉元から漏れると、ナナリーが怪訝そうな顔をした。
「あの、カレン、さん?」
「あー。おかしい」
「え?」
「あんた、本当に何にも知らないのね」
「どういう、ことですか?」
「いいご身分ね。お綺麗な着物着て、色んな人間に傅かれて、さぞかし気分いいでしょうよ」
「私は、そんな………」
「あいつが、どんなにあんたを守るために苦労したか。昼も夜も、あんたが静かに暮らせるようにって、身を、心を削る思いでいたのに、離れた途端これなわけ!?それも、あんな男の手を取って!?」
「誰の、ことですか?」
「枢木スザクよ!」
「スザクさんが、何か?」
「………そう。仕方ないわよね。あんたは、何にも知らない。綺麗事の世界で生きてる、それこそユーフェミアのようなお姫様だもの」
「ユフィ姉様?」
「あんたの決済する書類で、あんたの発する号令で、あんたの部下がどれだけの人間を殺してると思う?たとえ直接手を下さなくなって、あんたは日本人を殺してる」
「そんな…そんなことは…」
 眼が見えないのは、幸いだろう。カレンの、苛烈な憎悪を秘めた視線を、正面から受け取らなくて、よいのだから。
「私は、絶対に許さないわよ。枢木スザクも、あんたも」
「カレンさん………」
「例え行方を知ってたって、教えるもんですか。あんたは、唯一あんたと血の繋がった兄の手を、とらなかったんだからね!」
 規則正しい足音が近づいてくる。兵士が、戸口のすぐ側で、時間です、と告げる。
「さっさと行けば。あんたの顔見てると、苛々するのよ」
 息を呑み、何か言葉を発しようとしたナナリーが、しかし言葉を呑み込み、車椅子を反転させる。
 閉じられる扉。軋む音。鍵のかかる音。また、暗闇が訪れる。
 眼を閉じ、瞼の上に思い浮かべる。
 ナナリーに拒絶されたと、大事な妹を奪われてしまったと、嘆いて闇へ落ちようとした、あの瞬間の暗い瞳。いつもなら透き通るほどの紫が、闇の濁った嫌な色をしていた。
 あんな顔は、見たくない。彼にはいつだって、前を向いて、自分達を率いてほしいのだ。真っ直ぐに、強く、強く。
 だから、信じている。必ず助けると、言ってくれたから。
「信じてる、からね………」
 名前は、呟かない。声には、しない。ただ、心の中だけで、呼んだ。
 記号ではない、彼の本当の、名前を。


 私は貴方に仇なす者を叩く剣。
 私は貴方を害する者から守る盾。
 たとえ、その瞳が私を見ていなくても。
 たとえ、その唇が幾つも嘘をついたって。
 騙し続けてくれるなら、それを信じるから。
 だから、お願い。
 必ず、最後まで、私を騙し通して。
 優しい顔なんか、見せないで。
 穏やかな顔なんか、見せないで。
 貴方には、強くいて欲しいから。
 弱い姿なんて、見たくないから。
 闇と血に染まる道だとしても。
 貴方が信じろと言うならば、信じるから。
 だから………
 この手を、離さないで。








カレンとナナリーの会話です。
カレンは、ルルーシュをルルーシュとしても“ゼロ”としても信頼していると思う。
けれど、ナナリーは何にも知らない。
カレンの気性だと、冷たく、と言うか、言葉にしちゃうと思います。
ルルーシュ大好きなので、どうしてもナナリーには冷たくなってしまいます。(すいません)




2008/7/2初出