*寒燈*


 震えていたあの人の手が。
 とても、寂しそうだった。
 冬の寒さで震えるよりも。
 もっと、もっと、寒そう。
 一人は、とても寒いから。
 だから、せめて私が………


 左の手。白い薬指の根元。切れて滲んだ赤い血。その傷口が早く治るようにと、巻いてもらった茶色い布のようなもの。絆創膏と言うのだと、教えてもらった。
「ばん、そう、こう」
 初めて聞く名前、初めて見るもの。ここには、初めてのものが沢山ある。
 ふかふかと柔らかいソファにベッド、沢山の人達が中に入って話している四角い箱。
 新しい御主人様は、優しい人。御主人様じゃないと言っていたけれど、でも、私は奴隷だから、あの人はきっと御主人様。
 なのに、この柔らかいソファやベッドで寝ていいと言う。食事も持ってきてくれる。今まで食べた事もない、美味しいもの。ピザと言うのだと教えてもらった。今まで食べていた味のないスープや硬いパンとは全然違う、カリカリと、サクサクとした食べ物だった。
 私は何をすればいいですか、と聞いたら、何もしなくていい、と言われてしまった。お掃除やお洗濯なら、出来る。食事の用意も野菜を切るくらいなら。数はあまり数えられないけれど、字もほとんど読めないけれど、きっと、何か出来る、はず。
 この部屋から出ずに、じっとしていればいい、と言われた。人に見られると困るのだと言う。だから、ここにいて欲しい、と。
 それは命令ですか、と聞いたら、悲しそうな顔で「お願いだ」と言われてしまった。お願い、なんてされたのは初めて。
 ここには、初めてのものばかり。
「ルルーシュ、様」
 それが、名前だと言われた。ただ、黒い仮面を被っている時だけは、“ゼロ”と呼んで欲しい、と。ゼロはイチの前。でも、そんな数字より、柔らかくて綺麗な響きの“ルルーシュ”の方が好き。
 だから、私はここから出ない。あの人は、ここへ戻ると仮面を外すから。仮面を外している時は“ルルーシュ”だから。そう呼べるここに、ずっといる。 「そういえば………」
 じっと見詰めていた指から視線を逸らし、黄色くて柔らかいクッションと言うものを引き寄せる。これは、とても抱き心地がよい。ふわふわとしていて、柔らかくて、温かい気分になる。
「震えて、た」
 御主人様、震えていた。
 心が、寒いのだと。
 御主人様、温かくなって帰って来られるだろうか。心の中が沢山温かくなって、ぐっすり眠れるように。
「どうすれば、いいのかな」
 もし、もしも、御主人様が寒いまま帰ってきたら、私はどうすればいいだろう。
 この部屋には暖炉もないし、薪も火もないから、部屋を温められない。部屋にある物の使い方がわからないから、何を触っていいのかもわからない。
「お風呂」
 そう。お風呂なら、きっと温まれる。熱いお湯に沈めば、温かくなれる。お風呂の使い方は、教えてもらった。余計なところを触ってはいけない、とは、言われたけれど。
 でも、いつ帰ってくるかを、聞かなかった。
 ぎゅっ、と黄色いクッションを抱え込んで、左の手を目の前にかざす。
「ルルーシュ様………早く、帰ってきて」
 優しい貴方が、寒くならないように、頑張りますから。








C.C.からルルーシュ(御主人様)へ。
記憶のないC.C.がルルーシュをどう捉えているのかな、と考えて書きました。
結局お風呂の使い方も難しくて忘れちゃって。
どうすればあったまる…って考えた末に。
体温!とかって思い至るととっても可愛いと思います。記憶のないC.C.は可愛すぎます。
タイトルは「かんとう」で、ルルのことをさしています。




2008/8/6初出