*慕う愛-後編-*


 仮面を外し、マントを脱ぎ捨て、黒い学生服に身を包んだその少年を、誰が稀代のテロリスト、“ゼロ”だと思うだろう。
「枢木スザクに?」
「ああ。直接会ってくる。キュウシュウはお前に任せる。藤堂達はトウキョウへ向かわせ、俺も後で合流する」
「危険は?」
「ない、とはいえない。だが、もうこれしか方法がない。皇帝が生きているのなら」
 詰襟の部分まできちんと止めたその姿は、何処からどう見ても良家の子弟だった。
「星刻」
「何だ?」
「………もしも、俺が戻らなかったり、俺に何かがあったら、“黒の騎士団”はお前に任せる」
「何!?」
「扇では心許ない、藤堂も政治は無理だ。ディートハルトや玉城は論外だしな」
「何かがあると、そう思っているのか?」
「お前は、万が一の時に状況を的確に判断し、動ける。違うか?」
「随分と、買ってくれているようだ」
「ああ。お前なら、ジェレミアやロロのように俺の後を追うでもなく、藤堂達のように俺を切り捨てるでもなく、采配を揮えそうだからな」
「命を落とす、覚悟か?」
「スザクは、俺を皇帝に売った男だからな」
 言いながら、けれどその男を信じていると言う優しさのようなものが滲み出ている言葉に、悲しみと、憤りを覚えた。
 何故、自分には何も預けてはくれない。せめて、その後を追う許しさえ、くれたならば………と。
 追ってくるなと、切り捨てもするなと、一番酷なことを何故強いるのだと、感情をぶつけたかった。
 けれど、それが出来なかったのは、彼が、一度も振り返らなかったからだと、星刻は自分を捻じ伏せるように、納得させた。


 沈黙の支配する室内で、最初に声を発したのは、星刻だった。
「それで、ゼロは今どこに?」
「行方は知らない」
「と言うことは、生きてはいると言うことか。香凛、洪古、蜃気楼を見失った地点から、蜃気楼の残エネルギーで行ける場所を推測してくれ」
「はい」
 香凛と洪古が急いで部屋を出て行く。
 それを見送った星刻は、目の前にある資料にもう一度、手を伸ばした。
「見事に、この騎士団に関わりのある人間ばかりを選んできたな」
 添付されている写真は、騎士団員の不安を煽ろうとでも言うのか、関わりの深い人間、更には無視できない立場のブリタニア側の人間が多く、記されている。
「これは、立場の違いだな。恐らく、私も何も知らなければそちら側に立っていただろう。だが、知ろうとしなかった君達にも幾許かの非はあると思うが?」
「っ…彼は、最初から卑怯だった!声だけで、名前も名乗らず、仮面で顔を隠し、正体すら知らせず、俺達を信用してもいなかった!」
 扇の言葉に、星刻は肩を落として書類を机の上に再び放り、扉へと足を向けた。
「日本人は、情の深い民族だと聞いていたが、そうではなかったようだな」
 失礼、と告げ、星刻は部屋を出ると、部下二人が向かった方角へと、足を進める。
 連絡橋を通り、キュウシュウでの戦いに使用した竜胆(ロンダン)へと戻り、その司令室へと足を踏み入れる。
 世界地図の示された画面の前で、香凛が指示を飛ばしていた。
「洪古は?」
「“神虎”の整備に行きました。探しに、行きたいのでしょう?」
「わかるか?」
「勿論です」
 腹心の部下の言葉に、そんなに態度に表れていただろうかと、星刻は苦笑した。
「天子様と神楽耶殿に話をしてくる」
「はい」
 この二人に任せておけば後は大丈夫だと言う、確固とした自信から、星刻はその場を離れた。そして、天子と神楽耶が身を寄せ合っているだろう部屋の前へと立ち、入室の許可を得て足を踏み入れる。
 悲しそうな、寂しそうな顔をした天子と、まるで怒りを堪えているかのような神楽耶が、室内にはいた。
「お話を、少しよろしいでしょうか?」
 星刻の言葉に二人が頷き、神楽耶に促されて空いている席に腰を下ろす。
「それで、ゼロ様は?」
「生きてはいるようです。ただし、行方はわかりません」
「そんな…じゃあ、ゼロは、今、一人なの!?」
 天子の言葉に、神楽耶が手を伸ばして、自分より小さな白い手を握る。
「大丈夫ですわ。ゼロ様はお強いですもの」
「でも、でも、一人は寂しいから!」
 天子の言葉に、神楽耶はそうですね、と頷く。そんな仲の良い二人の姿を見ながら、離れるのは少なからず心痛むものがあったが、それでも、探しにいかなければ、と言う想いが先立つ。
「私が探しに参ります、天子様。必ず、ゼロを探して、戻るよう説得してみます」
「本当?」
「はい。ですから、しばらくこの艦を離れます。香凛と洪古は残していきますので」
「星刻、気をつけてね」
「はい」
 それでは、と言い部屋を辞してしばらくすると、後ろから小さな足音が近づいてきた。振り返れば、神楽耶が険しい顔をしている。
「藤堂達は、ゼロ様を裏切ったのですね?」
「彼らは、ゼロが自分達を裏切ったのだと、そう言っています。彼の持つ人にはありえない超常の能力とその正体を知り、憤っているのです」
「愚かな………我らがしているのは戦。ブリタニアから各国を取り戻すための戦ぞ。誰の血が流れようと、誰を騙し謀ろうと、ゼロ様の勝ち取った結果は事実であろうに!!」
「あちらの艦には、まだシュナイゼル宰相とコーネリア第二皇女がいます。あまり、御出でにならないよう。天子様にもその旨を」
「大丈夫です。イカルガへは行きません。しばらくは、顔も見たくない!」
 踵を返し、部屋へと戻っていく神楽耶を見送り、星刻は一つ、溜息を零し、鋭く前を見据えて歩き出した。
 ―ルルーシュ、まだここには、君を信じている者がいる。せめて、その者達だけにでも、夢の続きを見せ、騙し続けてくれ………この、私にも。








星刻→ルルーシュです。
神楽耶が好きなので、ずばっ、と言って欲しくて出しました。天子様は癒しのために。
神楽耶なら、汚い部分も呑み込んでくれそうです。「今動かずして何の為のキョウトか!」って言ってましたしね、一期で。
扇達は日本解放だけが目的みたいになって“合衆国構想”を忘れているのじゃなかろうか、と。
書いていて、気分的にはスザク×ルルーシュ前提の、星刻→ルルーシュでした。
なので、この星刻とルルーシュは戦友一歩超え、と言う感じです。




2008/8/26初出