*笑顔*


 僕が何より嫌いだったのはね、ルルーシュ。
 君の、その、笑顔だったんだよ。


 目の前に立つのは、自らの義兄を、義妹を、父を、母を、そして多くの無辜の人々の命を奪った男。仮令その行動が、行為が、彼にとって予期せぬものであったにしても、望まない結果であったとしても、そこまで歩んだのは彼自身だ。
 そして、今、ここで剣を取り、その刃を彼に向けている自分の行動も、行為も、全てはここまで歩んできた自分自身の、意志。それが、何かに歪められたものであったとしても、誰かに唆された結果であったとしても、受け入れたのは、自分だ。
 この先を勝ち取るためには、手段を選ばないと、そう決めたのは、自分自身。
 目の前にいるのは、かつての親友。
 目の前にいるのは、大切な主の仇。
 目の前にいるのは、ナナリーの兄。
 目の前にいるのは、誰より大切な…
「僕は、君に聞きたいことがある」
 刃を向けられても、動揺しない。殺意を向けられても、平然と立っている。
 君は、何を考えている?何を思っている?この先を、一体どうすると?
「座らないか?時間はあるんだ」
 促されるが、座るつもりは毛頭ない。だが、彼は疲れているのか、側にあった瓦礫の上へと腰を下ろした。
「それで、何だ?」
 口端を上げ、微笑むその笑顔。何より綺麗で、けれど何より醜悪で、それでも、穢れのないような………
「何故、僕にギアスをかけた?“生きろ”などと」
「それは、以前にも聞いた質問だな。答えたはずだぞ」
「………なら、質問を変える。どうして“生きろ”と言うギアスだったんだ?“死ぬな”でも良かったはずだ」
「さあ、な。咄嗟に口から出た言葉だ。自分が死なないために」
 ああ、本当に、彼は嘘ばかりだ。名前も、経歴も、全てに嘘をついて、今の彼がある。嘘ばかりのこの世界で、彼ほど嘘を身に纏い、それと共に生きてきた人間が、他にいるだろうか。
 絶対に、その口から本当の言葉が零れ落ちることはない。
 彼は、気づいているのだろうか。
 “生きろ”と言う言葉が、どれほど前向きで、そして残酷なものであるのかと言う、そのことに。
 そうだ。嘘をつき続けて生きてきた人間なら、他でもない、自分がここにいる。
 父を殺し、誰かを守って死ぬために軍に入り、誰かのためだと口にしながら、その実、全ての行動が自分のために帰結していたと言うのに。
 ああ、そうか………
「僕達は、似てるね、ルルーシュ」
 剣を下ろして、零すように言う。
「………は?」
 心底嫌そうな表情が浮かび、顔が反らされる。お前と似ているなど冗談じゃないと、そんな言葉が今にも口から飛び出してきそうだった。
 けれど、予想に反して、彼の口から吐き出されたのは呆れたような溜息。それを聞いた少女、C.C.もふっと、肩の力を抜いて微笑んでいた。
「ルルーシュ、もう、僕には落とせないほどの罪がこの肩に乗っている。それをおろす気はないし、誰かに譲る気もない。だから、僕は何が何でも、どんな手段を使っても、僕の願いを叶えることに決めた」
「お前の願い?」
「そうだよ。ユフィとナナリーが望んだ“優しい世界”を作ること。人が、人に、優しく在れる世界」
「手段を選ばずに、と言うことか?」
「そうだ」
「まるで“ゼロ”だな。血にまみれた道を行くのか?」
「もう、とっくに僕の歩いてきた道は血だらけだし、この両手だって血に染まってる。ちょっとやそっとじゃ、落ちないよ」
「そうか」
 そう。やっと、気づいたよ。
 思えば、君は最初からそう言っていた。ただ、僕がそのやり方を許さなかっただけで。許せなかっただけで。自分が君と同じ場所まで堕ちて、ようやく、そのことに気がついた。
 血に濡れて、人を殺して、理不尽な怒りと悲しみに突き動かされる、そんな、闇の中に。
 だから、ルルーシュ………
「僕と一緒に“優しい世界”を作らないか」
 ルルーシュの目が見開かれ、不思議そうに瞬いたかと思うと、楽しそうに眦が下がった。
「俺たちが組んで、出来ない事なんてなかったな」
「そうだよ」
 たとえそれが、どんなに痛みと苦しみを伴い、血を吐き続けるような、無間の地獄でも。
「考えるのは君、体を動かすのは僕。いつだって、そうだった」
「ったく………この、体力馬鹿が」
「今、それを言う?」
 楽しそうに、C.C.が口元に笑みを刷く。
「それで、どうするの?」
「まずは、ここから出ることだな。その後は………そうだな。ブリタニアに向かう」
「ブリタニアに?どうするの?」
 にやりと口角が上がり、立ち上がると、C.C.を促した後、ルルーシュの視線が向けられる。
「行くぞ」
「え?あ、うん」
 先に歩き出すその後ろへ、ついて行く。子供の頃は、僕が先に歩いて、君が後ろを追ってきていたのに、いつの間に、逆転してしまったのだろうか。
 ルルーシュ、僕は、君のその笑顔が、大嫌いだった。人を嘲って、侮って、自分自身を偽って、笑うその笑顔が。絶対に本心を見せない、偽りの微笑が。
 でも、何故だろう………
 今は、その笑顔を嫌だとは思わない。悲しくて、淋しくて、ひどく、愛しい。
 気づかなければ、よかった。こんな、気持ちになど。そうすれば、僕は僕の願いを叶えた後、君をユフィの仇として、討てたかもしれないのに。
 きっと、もう、それは出来ない。








R2に入ってから、まともにスザルルっぽい話を書きました(おい)
一応スザルルサイトだったはずなのですが………
ルルーシュが皇帝になる前、遺跡から脱出する前、みたいな感じです。
スザクがルルーシュを守った瞬間、目を丸くしました。
もうこのまま手に手をとってしまえばいいさ!と思いました。
やっぱりC.C.の力を借りて脱出したんでしょうか?
それよりも何故皇帝の椅子に制服で座ったのか、そっちの方が気になる………!!




2008/9/3初出