*傍らに在りし者*


 何故、君の傍らに立つのが、私ではないのだろう。


 蜃気楼。“黒の騎士団”を率いる首魁、“ゼロ”の専用機。その漆黒のフォルムに近づき、“神虎”を地面へと着地させて、コックピットから降りる。
「ルルーシュ」
 声をかけた瞬間、鋭い紫色の瞳が、前髪の下から覗いた。
「何をしに来た?」
「君を探しに」
「ふん。俺を捕まえて、シュナイゼルにでも差し出すか?」
「違う。私はただ、君の力に…」
「馬鹿だな、お前は」
 ゆらりと立ち上がった体。細く折れそうなその体は、けれどしっかりと両の足で地面を踏みしめていた。
「お前は、何故“黒の騎士団”の総司令に任命されたと思っている?何故その地位に就いている?」
「………天子様の、ひいては合衆国中華のためだ」
「ならば、こんな所にいるべきではないな。大事なものは、掌中におさめて手放さないようにしなければ」
 背中が、向けられる。
「“黒の騎士団”から“ゼロ”は消えた。頭を失った生き物は、一体どのように生き残る?挿げ替えるか、はたまた別の生き物へと生まれ変わるか…お前達はどちらを選ぶ?」
「何が、言いたい?」
「俺は行く」
「どこへ?」
「それをお前に話す必要はないな。“ゼロ”を裏切った“黒の騎士団”の総司令殿」
「っ…!?」
 自分も同じ“黒の騎士団”だと、そう言いたいのかと、問いただす前に、白い顔が振り返った。
「お前はそこで生きろ。天子を守り、中華を守り、お前の大事なものを守るために」
 細い手が、蜃気楼の機体に触れる。
「お前は、そこで常に俺に刃向かえ。常に俺を断罪しろ。正しい立場で、正しい行いで、俺に罪を突きつけろ」
 そのまま、蜃気楼のコックピットへ上がる姿へ、手も伸ばせずに、立ち竦む。
 追ってくるなと、切り捨てるなと、そう言われていた。それでも追ってきたのは、自分の意思で、自分の願いだった。
 生きていて欲しい、無事でいて欲しい、と。
 だが、彼はもう、決めてしまったのか………死に逝く道を。
 既に道は違えたのだと、そう言うのだろうか。二度と、道が交わる事は無い、と。
 ふわりと浮き上がり、海原へと飛び立つ蜃気楼を、星刻はどうする事も出来ずに、見上げていた。
 彼は、幻だったのだろうか、と。


 生きていた………それを安堵すると同時に、何故、そんな場所に座っているのかと、疑問を抱く。
『シャルル・ジ・ブリタニアは私が殺した』
 その一言で、全世界が揺れる。全世界へと流れているその放送を見ていた“黒の騎士団”も、例外なくざわめいた。
 一体、何を言い出すのか、と。そして、ブリタニア皇族の一言で、兵士達が彼を捕らえようと、動く。
 突きつけられる槍、向けられる刃。だが、腰を下ろした玉座から、彼は微動だにしない。
 瞬間、兵士達の握っていた槍の刃先が、全て、割られていた。
 瞬く間に割られたそれは、人の足で一蹴された。
『紹介しよう、我が騎士、枢木スザク』
 更なる動揺が騎士団内部へと走る。
 日本人にとって最悪の裏切り者、ブリタニアへ大和魂を売り払った男。
 だが、そんな多く日本人で構成される騎士団の中にあって、合衆国中華の人間である星刻は、画面を睨みつけていた。
 何故………と。
 画面に映るのは、互いに憎しみあって生きてきた二人の男だ。銃口を向けあい、裏切り、憎しみ合い、互いを許さずに生きてきた………
 なのに、何故、共に在るのか。
 何故、君の傍らに、その男がいるんだ、ルルーシュ。
『ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアが命じる。私を認めよ!』
 紫色の両眼が、禍々しい真紅に染まる。次の瞬間、彼の瞳を直接見たのであろう人々が、全て、彼を讃え始めた。
 これは一体どういうことだと、皆が皆騒ぎ立てる。だが、それを雑音のように聞き流しながら、星刻は、画面から眼を逸らせなかった。
 まるで、睦みあうように視線を交わす二人から。
 それが、自然な事であるかのように。当然の事であるかのように。
 どうして、私が彼の傍らにいてはいけないのだろう。共に堕ちる覚悟など、とうに、出来ていたと言うのに。
 何故、お前がそこに…彼の傍らにいるのだ、枢木スザク。








星刻→ルルーシュへ。嫉妬です(笑)
スザクが横にいることへの、自分が横に立てないことへと嫉妬です。
側にいたいのにいられないジレンマから、『皇帝 ルルーシュ』ではルルーシュを非難する言葉を言ってしまったんだと信じてます。
ええ。どんなに腐的思考だろうと、そう思い込みます。
星刻にはルルーシュを信じていて欲しかったと言う、希望(というか、願望)。




2008/9/8初出