*奪うもの*


 君を奪われるのなど、私は許せないのだよ、ルルーシュ。


 蒸し暑い夜。風の吹きぬけるテラスに出て、優しい甘みの紅茶を口に含む。
 人々が寝静まったであろう時刻、起きているのは見張りの兵士と、恐らくは自分、そして側に控えている副官のカノンだけだろうと推測し、シュナイゼルはふと、口元に笑みを刷いた。
「楽しそうですね、殿下」
「もう私は殿下ではないよ、ルルーシュがあのように宣言してしまったからね」
「では、シュナイゼル様」
「うん。楽しいね」
「世界が動き始めた。これは、喜ぶべきことなのでしょうか?」
「そんなこと、私には関係が無いよ」
「まあ。神聖ブリタニア帝国宰相であった方の言葉とは思えませんね」
「そうかい?」
 そう言う彼も、楽しそうに笑っている。
「世界が動くのは、人が動くからだ。人が何も思わず、考えず、行動しなければ、世界は変わらない。世界は動かない。ただそこに世界と言うものがあるだけだ。人が関与する事で、世界は様々に移り変わる事が出来る」
 人が土を掘るから水が出る、人が杭を穿つから家が建つ、人が働くから仕事が起こる。それがなければ、世界はただ自然のあるがままの姿だっただろう。
「まさか、貴方がナナリー様を皇帝に、と推すとは」
「私は皇帝になどなりたくないよ」
「何故、と聞いても?」
「そう………父上の言葉を借りるならば、まさしく俗事だ」
「わずらわしい世間事、と?」
「そうだね。私は嫌なんだよ、煩わされるのが」
「そうでしょうか?何より一番煩わしいものに振り回されていると思いますけれど?」
「ああ、そういえば、そうだね」
 言われて思い出す、アメジストのような瞳。愕然と見開かれたその瞳に、戦慄が走った。
「ナナリー様を助けた時は、まさか情が…と思いましたけれど、利用するためでしたのね?」
「あの子はそのくらいしてもいいだろう?今までずっと、ルルーシュを独り占めしてきたんだ。それこそ、自分から離れられないように。見えない眼と、歩けない足を利用して。そうする事で実兄であるルルーシュは、決して離れられなくなる。女は卑怯だね、何でも武器にしてしまう」
 紅茶を飲み干し、夜風に眼を閉じる。
「私は、もう飽きてしまったんだ、あの子のいない人生に」
 かつて側にあったはずの花。柔らかく微笑んで、無邪気に手を伸ばして、慕ってくれた存在。
「なのに、あの子はまた、遠ざかろうとしている」
 天上に昇る月。白いそれが忌々しくて、視線を逸らす。
「自らを悪の権化として世界を一つにしようとしている。世界のために自らを犠牲にしようとしている。勝手に動き、勝手に回る世界の歯車のために、その歯車になろうとしている」
 世界を一つにしたところで、人の憎しみや争いは、なくなりはしない。たった一つの言葉で右へも左へも転がる世界なのだ。その歯車になると言うことが、どれほど愚かしく、また、美しいことか。
「世界になど、とられてたまるものか、あの子を」
「あら、まあ。醜悪ですこと」
「私がこうだからこそ、君はついてきたのだろう?」
「勿論ですわ。聖人君子に仕えるなんて、面白味がありませんもの」
 女性的な柔らかい仕草で微笑むカノンが、二杯目の紅茶を白い磁器へ注ぐ。
「ナナリー様は、綺麗ですわね」
「ああ。だからこそ、彼女には皇帝になってもらわなければ」
「可哀想」
「この上ない孤独と、腐臭にまみれた権力に浸かってもらわなければ」
「ルルーシュ様も、綺麗だと思いますけど」
「そうだね。あの子は、全てを愛して、清濁を呑みこんでしまうから」
「だから、美しいのかしら」
「あげないよ」
「とりませんから」
 夜の更けていく風に、瞼を下ろす。
 そう。私は許せないんだよ、ルルーシュ。
 ナナリーにも、枢木にも、世界にすら、君を奪われるのがね。
 君は、私のものなのだから。








シュナイゼル→ルルーシュ。
何を利用しようと、ルルーシュを手に入れようとしているんだと、そう思ってます。
ナナリーを皇帝に、と言うのもその一環だ!と。ナナリーへの嫉妬から、みたいな。
ルルーシュへのシュナ様の愛は狂気。
シュナ様が振り回されている一番の煩わしい事とは勿論“愛”です(笑)




2008/9/8初出