*Elegy*


 優しくなりたい。
 優しく在りたい。
 けれど、世界はめまぐるしく動き続ける。
 嘘も、欺瞞も、悪意も呑みこんで、真と、誠意と、善意を塗りこめて隠した剣が、揮われる。
 涙と、優しさを、守るように。


 終焉が、訪れる。そうとは知らず、夜は更け、空には星と月が上がる。
 敵とは何か………憎むべき、戦うべき相手。
 味方とは何か………力を貸してくれる仲間。
 ならば、それを見極めるべきは、何をもってして、見極めるべきか。
 己が眼、己が耳、第六感とも呼ぶべき直感、様々な自分自身の信じる全てを動員して、見極めるべきだろう。
 言葉も、素振りも、目線も、全てがその人自身を語ると言うのなら、それを聞き、見て、感じるべきなのだ。
 人は、人によって自己を確立し、人によって世界を知るのだから。
 ならば、切り捨て、切り上げ、最後に残った自分と言う存在が判断した何かが、自分にとっての真であり、嘘であるのだろう。
 騙されたと感じる義憤も、許されたと思う安堵も全て、そこから先に得られる結果にたどり着くと言うのなら、結果を得ずにすんでしまった欺瞞と安堵は、何の意味を持つのだろう。
 今、ここに立つ自分は、そうして得た結果の果てだと、纏う衣を握り締める。
 重い、重い、“ナイトオブゼロ”の称号。それは、罪によってもたらされる罰と共に歩き続けると言う、決意の証だった。
 軽やかな足音に振り返れば、相変わらず拘束服に身を包んだ少女が、枢木スザク、とフルネームを呼ぶ。
「眠れないのかい?」
「いいや」
「眠っておいた方がいい。明日はきっと、ひどい戦いになる」
「それは私ではなく、あいつに言ってやれ」
「ルルーシュ?」
「ああ」
「どうかした?」
「どうも。穏やか過ぎるくらいだよ。泣きも、怒りもしない」
「眠ってないの?」
「じっと、暗闇を見つめている」
 何を考えているのか、何を思っているのか、ただじっと、灯の乏しい部屋の中で、暗闇を見つめている。
 去来するのは後悔か、それとも懺悔か、退かぬと言う決意か。
「僕に、どうしろと?」
「自分で考えろ」
 そのまま、通り過ぎて行ってしまう少女は、どこに行くのだろう。相変わらず行動の読めない彼女に言われたと言うわけではなかったけれど、そっと、足音を立てずに体の向きを変え、歩き出す。
 長い、廊下。全てが寝静まっているかのような中で、聞こえてくるのは機械の息遣いと、船の動力部の音。
 ブリタニア帝国の首都が壊滅させられ、そこに住まっていた全ての住人が消滅してしまった今、皇帝に即位したルルーシュがいる場所が、ブリタニアだった。
 この船が、ブリタニア………随分小さくなってしまったな、などと思いながら、ロックのかかっていない部屋の扉を開く。けれど、室内に姿はない。奥の寝室だろうかと、扉の前に立ち、声をかける。
 返事はなく、仕方なく扉を開ければ、暗闇の中、椅子に座った姿がある。
 近づいて名前を呼ぶけれど、返事がない。顔を覗き込めば、瞼が閉じていた。
「ルルーシュ?」
 そっと、名前を呼んでみる。だが、穏やかな寝息が聞こえるだけで、やはり返事はない。疲れて、眠ってしまったのだろうと、椅子から細い体を抱き上げる。
 同じ男なのに、筋肉のほとんどついていないような体は、軽すぎた。軽々とベッドへ運び、重苦しそうな皇帝の白い衣装を脱がす。
 幾重にも重ねられた衣装は、まるで、心を覆う、鎧だった。
「ん………」
 首が右に振られ、乾いた音を立てて黒い髪が白い頬へ落ちる。それを払うように梳き、流す。
 ぴくりと震えた瞼。眦から一筋、涙が零れる。
 苦しいのだろう。悲しいのだろう。辛いのだろう。彼が敵にしたのは、誰より愛しいと、大切だと愛した、妹だ。
 そっと、指で零れた涙を掬う。
「……ナ…ナリー………ロ、ロ………」
 零れた二つの名前に、眼を見開き、スザクはくしゃりと、顔を歪ませる。
「ルルーシュ、君は………」
 前髪をかきあげた額に、自分の額をつける。そして、慈しむように、白い頬へと手を添えて、撫で、離れる。
「優しすぎるよ、ルルーシュ」
 愛情が、深すぎる。だからこそ、世界を敵にまわしても、その世界を救おうと、優しさで満たそうと、する。
 自分がどんなに憎まれようと、どんなに罵られようと、今まで流してきた血に贖うように、歩みを止めず、自らを世界の贄にする。
「一人で、逝かせない」
 白く細い手首を掴み、その甲へ、唇を押しつける。
「必ず、君を守る」
 誰を敵にしようと、誰を裏切ろうと、もう二度と、彼の優しさと愛情を、疑わない。
「守るよ、ルルーシュ」
 世界に、君を奪わせない。


 瞬く星。それを見上げて、小さく呟く。
「哀しい、子供達だな」
 応えの声は、ない。もう、聞こえることも、ないだろう。それでも、問いかける。
「哀しい、子供達だよ、あの子達は」
 流した血の数だけ、失われてしまった命の数だけ、自らの心を苦しめ、悲しみ、心で涙を流す。
 決して、世界も人も、それを見ることはないと、知っていながら。








タイトルは、悲歌・哀歌と言う音楽用語です。
書きながら、何を書きたいのかわからなくなってしまいました。
まあ、とにかくスザルルで決戦前夜、みたいな感じです。
ロロの名前をルルに呼ばせたかった、と言うのもあります。
ナナリーも大事だけど、命を賭して自分を守ってくれたロロの事も今はとても大事に思っている、と。
この場合のスザクはちょっと白いですね。




2008/9/14初出