*至極の愛情*


 暗い、暗い、闇の中。
 そこに、至極の愛情が、眠っている。


 硬質な床の上を、硬い踵が音を立てて歩いていく。規則正しいその音は、高い天井に反響し、その場所に響く。
 風もないのに、歩く速度のせいか、漆黒のマントがはためき、揺れる。
 暗い、暗い、明かりのない道。そこを、真っ直ぐに進んだ足が止まり、目の前にある扉の前に立つ。
 ここへ来るまでに、暗い道を百十七歩。扉が人物のDNAを認識して開くまで二秒。
 開いた部屋の中もやはり暗く、明かりは微かに、非常灯のように、数箇所床についているだけだ。
 そんな場所を、ゆっくりと歩きながら、部屋の暗さに負けないほど黒い姿が、辿り着く。
 部屋の扉は閉まり、と同時に、薄明るく、仄かな緑色の明かりが灯る。
 かしゃり、と音を立てて、漆黒の仮面が外れた下から現れたのは、柔らかい茶色の髪、そして緑色の柔和な瞳。
「やあ、元気かい、ルルーシュ」
 緑色の柔らかい光が照らすのは、大きな、大きな水槽のようなもの。強化ガラスで作られたその中に浮かぶのは、一人の青年。
 閉じられた瞼、水の中に浮かぶ黒い髪。ゆらゆらと揺れる肢体には、一糸も纏っていない。
「今日も、世界は平和だよ」
 ガラスに触れて、話しかける。
 返事はないと、知っている。それでも。
「今日も、優しい世界だよ」
 胸にあった傷は、完治している。心臓をずらして刺した。そのために、内臓は全て無傷だった。
 けれど、彼は、もう、生きてはいない。
 生きる事を、放棄してしまったから。
「今日も、君のいない世界だ」
 黒い手袋を外した手で、優しくガラス面を撫でる。
「退屈で死にそうだ、僕は」
 君のいない世界に、意味なんかない。
 優しい世界、平和な世界。大いに結構だ。
 君の命を、君の名前を、君と言う存在の全てを代償にして、成り立っている世界。
「壊したいよ、今の世界を」
 けれど、君の願いは、世界の存続。
 優しく平和な世界が、存続する事。
「約束は守ったから、いいよね」
 僕の、好きにしても構わないだろう?
 そう問いかけて、ガラス面を叩く。
「君は、そこでずっと僕を見ていて。ずっと、側にいて」
 僕を殺したのは君。
 君を殺したのは僕。
 だから。
「愛しているよ、ルルーシュ」
 絶対に、どこへも逃がさない。
 こぽり、こぽりと、水槽の中で音を立てるのは、青年が呼吸する音か、それとも、定期的に酸素を入れ替えている、機械の音か。
 虚しく響くその音に、緑色の瞳から、涙が零れた。
『………す、ざ、く』
 声は、響かない。








最終回後捏造、第二弾。
埋葬なんかさせるもんか、的にどっかで生かしてくれてるといいと思います。
ルルーシュの名前を呼ぶのも、スザクの名前を呼ぶのも、互いだけ。
この空間でだけ許される愛情だと。
そんな感じです。




2008/10/1初出