*愛の欠片*


 誰もが、英雄の素顔を知りたがった。
 誰もが、英雄の仮面の下を見たがった。
 と同時に、誰もが、それは暴いてはならないものなのだと、そう思っていた。
 “ゼロ”。それは、悪逆皇帝と呼ばれた、神聖ブリタニア帝国第九九代皇帝、ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアの残虐非道な圧制から、世界の全ての人々を救った、英雄の名前だった。


 許可されたのは、たったの五分。それも、許されたのは録画機材ではなく、録音機材のみ。映像は却下された。
 それでも、人々が渇望する“ゼロ”の正体の一端に触れられるのであれば、と、無謀なインタビューに挑戦した者がいた。
 ミレイ・アッシュフォード。ブリタニア帝国は皇族・貴族制度を廃止する前は貴族だった、現在アナウンサーをしている女性。
 彼女は、知りたかっただけだった。
 何故、同じ学園に通い、親しくしていたはずのルルーシュが皇帝になり、そして、ゼロに殺されたのか、を。
 ただの学生だった。どこにでもいる、弟思いの、世間を斜めに見た少年だった。
 だから、聞きたかったのだ。何故、ルルーシュ皇帝を殺したのか、と。
 ゼロは、彼は悪だと、そう言い切った。自分は正義の味方なのだと。最初から、力なきものに手を差し伸べるために自分はいると、そう言ったはずだと。力持つ者は恐れよと、宣言したはずだと。
 皇帝ルルーシュは力を持ちすぎ、人々を苦しめた。だから、命を奪ったのだ、と。それ以外に、彼を止める手立てはなかっただろう、とも。
 五分、と言う時間はあまりに短かった。そして、質問への答えも全て、予め用意されていたかのようなものだった。  ふと、立ち上がろうとして、ゼロの脇に置かれたテーブルの上にある、小箱に眼が行く。
 黒塗りの、宝石箱のようにも見えたが、何の装飾もないそれに、自然と眼が惹かれた。
「ゼロ、あの、その箱は何ですか?」
 もう時間だと、わかっていた。それでも、聞いてみたかった。
 ふと、ゼロが動いて、箱を手に取る。すっぽりと手の中に納まるほど小さなそれの表面を、黒い手袋に包まれた指先が撫でる。
「これは、私が愛した人の骨が入っているんですよ」
「え?」
「骨壷です」
 骨壷………それよりも、あの“ゼロ”が愛した、と言う人物に興味が湧いた。
「どんな、方だったんですか?」
「全てを、愛した人でしたよ」
「全て?」
「自分の全てを犠牲にして、世界を愛した人です」
 仮面に隠れた、瞳の色や視線の向き先はわからない。けれど、きっと、優しい色をしているのではないかと、ミレイは思った。
「酷い人だった。世界を愛するのに、自分を愛さなかった」
「え?」
「全て愛せるのに、自分だけは愛せなかった。そして、私には呪いの言葉をかけていった」
 優しく、指先が黒い蓋を撫でる。
「感謝している。その呪いのおかげで、私は今こうして、生きているのだから」
 立ち上がったゼロが、小さく何かを呟いたように聞こえた。けれど、仮面の中でくぐもったその声は、ミレイが聞き取る事は出来なかった。
 呆然とその背中を見送り、そして、気がついた時には、録音機材が、室内から消えうせていた。
 誰も、“ゼロ”を知ることは許されないのだと、そう言われたような、そんな気がした。








勿論、ゼロが聞こえないように呟いたのは愛した人の名前です。
勿論、今だって愛してますよ、ゼロは(現在進行形です)。
骨とか、何か欠片を愛してたら偏狂的でいい、と思いまして。
でも、きっと中は空っぽなんですよ。
入っているのは、眼に見えない想いだけ。




2008/10/4初出