*虚無の色*


 理想も、現実も、夢も、想いも、全てが、虚無。
 人が何故動き、人が何故嘆き、人が何故憤るのか、その理由が私には、わからない。


 誰もが羨む地位、身分、容姿。だが、それは有象無象の悪意を引き寄せる種ともなる。
 そのことに、十歳を迎える頃には気づいてしまった少年は、世界をモノクロームなのだと、そう思っていた。白と黒だけの、色の無い世界。
 威容を誇る父には幾人もの妻があり、自分は父がその中の一人の女に産ませた子供。偶々生まれた順番が早かったと言う、ただそれだけのことだった。
 次から次へと生まれてくる子供達。もう、数えるのも、どれだけいるのかも、覚えるのが億劫だった。覚えられないことはないのだ。ただ、覚えようとしないだけ。
 興味が、なかったからだ。この世界は単色で、何がどれだけ増えようと、それは自分に差し障りの無いものでしか、ないのだから。
 だから、その日少年は、何の感慨も持たず、張りついてほとんどとれない穏やかな笑顔で、その離宮を訪ねた。
 幾人もいる父の妻の一人が住む離宮。そこに住まう主、つまり父の妻の一人に、子供が生まれたのだと言う。
 一体、これで何人目だろうか。気紛れに数えてみれば、男児だけで十一人目。
 生まれてくる子供達は、全て可哀想だ。権力と地位と名誉と金と言う欲望にまみれたこの世界に、産み落とされて。血で血を洗うかのような皇位継承権争いに、巻き込まれることになって。
 儀礼的な挨拶を交わし、社交辞令で本来ならば離宮を辞する所を、珍しく平民出身のその宮の主は、子供の顔を見ていかないかと誘う。断るのも面倒で、笑顔を張りつかせたまま子供らしく頷いてやれば、白い産着に包まれた赤子が、目の前に示される。
 仕立てたばかりなのだろう白い産着に、埋もれるようにして瞳を閉じている、赤子。黒い髪。ああ、やっぱり、これもモノクローム。何の意味もないのだ。
 側に控えている侍従やらが何か言っているが、適当に相槌を打って誤魔化す。もう、いいだろう。これ以上は退屈以外の何ものでもない。
 そう。端的に言えば、少年は飽きてしまっていた。この空間にも、時間にも。
 だが、次の瞬間、少年は瞠目した。
 ゆっくりと開かれた瞼。そこに、モノクロームではない色が、ある。
 アメジスト。
 じっと少年を見詰める大きな瞳。そして、白い手が産着の中からもぞりと飛び出る。
「あー」
 声、といっていいのかわからない音が、赤子の喉から漏れる。そして、伸ばされた手が、赤子を覗きこんでいた少年の髪の一房を、掴んだ。
「いたっ!」
「まあ、だめでしょう、ルルーシュ!」
 慌てたように母親が赤子の指を髪から一つずつ離し、少年は解放された。だが、赤子はまだ指先を動かしている。
 それが、少年と赤子の、出会いだった。
 運命を変える、単色の世界を色づける、出会い。


 その後、その赤子に少年が会ったのは、一年以上経過してからだった。気づけば何やら忙しく、思い出すことすらしなかったのだ。
 その赤子にその時会った理由は、単純だった。たまたま、赤子を抱いた赤子の母と、回廊ですれ違ったからだ。
「まあ、シュナイゼル殿下」
「お久しぶりです、マリアンヌ様」
「ええ、本当に。ほら、ルルーシュ。シュナイゼル殿下ですよ」
 しばらく見ない内に随分と大きくなったものだと、母親の腕に抱かれた子供を見る。すると、子供は腕を伸ばした。
「あらあら。ルルーシュは本当にシュナイゼル殿下が好きねぇ」
「え?」
「殿下が帰られてから、しばらくこの子、泣き止まなかったんですよ」
 微笑むマリアンヌ皇妃。そういえば、と思い出すのは、自分がマリアンヌ皇妃の離宮を辞した日。あの日聞こえてきたとてつもない大きさの泣き声は、やはり赤子のものだったのだと、納得する。
「私が好き、ですか?」
「ええ」
 そんな言葉を言われたのは、少年は初めてだった。
 様々な賛美の言葉ならば、多く耳にする。だが、そんなにも率直で、純粋な言葉は、聞いたことが無かったからだ。
 どこかへ向かう途中だったのか、それでは、といって通り過ぎていくマリアンヌ皇妃の後姿が完全に消えるまで、少年はそこを動けなかった。
 耳に響いた言葉が、離れなかった。


 色のない世界の中で、ただ一人、君だけが色づいていた。
 私自身の命すら、ただの白黒。赤いと言われる血の色すら、私にはなかった。
 君は、自分が勝ったと思うだろう。私に絶対遵守の命令を下して配下となし、よい駒として手に入れた、と。
 だが、それは違う。
 勝ったのは、私だ、ルルーシュ。
 君は気づかないだろう。君が知ったと言う私の本質は、所詮君以外に向けられる本質でしかないのだと言うことに。
 君に向けられる私の本質とは、もっと泥濘とした、欲深く浅ましいものなのだと。
 私は色づかない世界に常に絶望し、常に諦めをもって接した。そうすることで、己を保った。
 君と初めて出会い、私を見てくれた君の瞳の色に、私はようやく色づく世界を知ることができた。
 だから、私の勝ちなんだよ、ルルーシュ。
 君は私に、至福の喜びをくれたのだから。
 決して君には逆らえず、決して君に背かず、常に君のために行動できると言う、その、至福。
 もう何を憚ることもない。地位も、身分も、この身を縛り続けていた全てを、君が解放してくれたのだから。
 私の愛しい、大切な、たった一つの、色。








書いたはいいけれどタイトルが決まらずにずっと放置して忘れてました。
読み返してようやくタイトルが決まったので、やっとアップです。
シュナイゼル→ルルーシュ。
シュナイゼルがゼロに下る辺りの心情を。
勿論虚無の色はルル色ですよね!(こら)




2008/12/4初出