断りを入れて足を踏み入れたゼロの私室。普段は書類の広がっている机の上に、何故か、色とりどりの包みと紙袋、リボンが散らばっていた。 その一つに手を伸ばし、箱の蓋を開けているのは、いつも漆黒の衣装に身を包み、仮面を被ったテロリストの首魁、ゼロ。しかし、今はマントと上着を脱ぎ、仮面を外して寛いでいるようだった。 仮面の下の素顔を知る数少ない人間である黎星刻は、その光景を見て、驚いた。 ゼロも、こんな風に柔らかい表情をするのか、と。 口元に笑みを浮かべ、開けた箱の中から一粒のチョコレートを摘むと、それを口の中へと入れ、口元を和らげる。 「ゼロ、これはどうしたんだ?」 一人で食べるにはあまりに多いだろうと思われる量の箱、箱、箱、また箱。もう一粒を口に入れたゼロが顔を上げ、口角を上げる。 「俺に想いを寄せる女生徒からのバレンタインチョコだ」 「は?」 言われて、星刻は脳裏にクエスチョンマークが浮かんだ。 「日本では、バレンタインに女性から男性へチョコレートを送る習慣がある。エリア11に住むブリタニア人の間には、それが当たり前のように浸透しているんだ。恋する少女の力と言うのは恐ろしいな、社会を動かす」 なるほど、と納得しつつ、しかしまたクエスチョンマークが浮かぶ。 女性から男性へチョコレートを送る習慣だと言うのならば、何故ゼロが受け取っているのだ、と。 そう。黒の騎士団団員の中に知る者がほとんどいないが、ゼロは事実女性なのだ。普段から男として生活しているとは聞いていたが、一体何故………と考えていると、星刻の疑問に気づいたのか、ゼロが微笑む。 「仕方ないだろう。断れば不審がられる」 いいながら、また一つチョコレートを摘んで口に入れる。 「うん。美味しい」 女性は甘いものが好きだと言うが、彼女もまた例に漏れずそうだったということか、と納得しながら正面のソファに腰を下ろして、手に持っていた書類は横へと置く。 それにしても、こんなに机が一つ埋まり、かつ積み上げなければならないほどにチョコレートを貰うと言うことは、彼女の学園での人気がとんでもなく高い、ということではないか。 ふと、目の前に置いてあった箱を取り上げると、メッセージカードのようなものがついている。それには、ラグビー部一同、などと書かれていた。 「ゼロ」 「何だ?」 「ラグビー部と言うのは、女性で構成されているわけではないだろう?」 「ああ、それか。この間少し部費で工面をしてやったからな。その礼だと渡された」 その箱の横には、美術部、馬術部、園芸部等々、数々のクラブからの箱が置いてある。 「これらも、全てそうなのか?」 「いや、そういうわけじゃないな。別に何もしていないんだが、日頃のお礼ですと、男達が今日生徒会室に大挙して来た」 とりあえず、片端から中身を確認する気なのか、途中まで食べて箱を横に退け、次の箱を開けている。 「会長曰く、『ルルちゃんはもてもてねぇ』と言うことらしいが、意味がわからん」 仏頂面になったゼロが、次から次へと箱を開けていく。今の話では、男女問わず彼女を好いている人間が多い、と言うことではないのかと、星刻は渋面を作る。 「どうした?」 「いや………」 「ああ、そういえば、神楽耶や千葉達がバレンタインだから手作りチョコを男性陣に配るそうだ。貰ってから朱禁城へ戻ったらどうだ?それと、帰る前にもう一度ここへ寄ってくれ。その書類は置いていって構わないぞ」 さらりと言ったゼロに、星刻の渋面は更に深くなった。 帰る前に一度寄ってくれといわれた星刻は、その日二度目のゼロの私室へと足を運んだ。昼間は大量に置かれていた机上の箱やら紙袋類は全て片付けられており、置かれているのは一つの白い箱だった。 蓋を持ち上げると、そこにはワンホールのチョコレートケーキが入っていた。ホワイトチョコレートで作られた花が、中央にある。随分と綺麗な造形だな、と思っていると、あ、と言う声が聞こえた。 振り返れば、ゼロが私服でそこに立っていた。 「お前、何勝手に開けてる!」 「ああ、すまない」 手に持っていた蓋を取り上げられ、それが箱に戻される。 「ったく………」 ぶつぶつと口中で呟いていたゼロが、紙袋を取り出す。 「持って帰れ」 「え?」 「まあ、何だ………お前にはこれから苦労してもらうつもりでいるから、その前払いの礼みたいなものだ」 袋の中にケーキの入った箱が収められ、突き出される。反射的にそれを受け取った星刻は、驚きながらも微笑んだ。 「ありがとう」 「神楽耶達が残した材料で作っただけだ。別に、新しく材料を買ったわけじゃないからな、あまり期待するなよ」 「たとえそうだとしても………ありがとう、ルルーシュ」 本名を呼ぶと、驚いたように眼を見開いて、後を向く。 「俺はしばらくエリア11へ戻る。後はお前に任せるぞ、総司令殿」 「ああ、安心して行ってくるといい」 送り出し、その姿が消えるのを確認してから、袋の中へと視線を落とす。 折角貰ったバレンタインのチョコレートケーキだ。中華連邦にはそのような習慣はないが、ゆっくりと味を堪能させてもらおうと、ゼロの私室を出た。 すると、そこには何故か神楽耶がいて、星刻の腕をがっしりと掴んだ。 「ゼロ様の手作りケーキを、お一人で独占する気ですか!?」 奪われるわけにはいかないと、星刻は必死に神楽耶を振り払って、中華連邦へ戻ろうとした。 ![]() 星刻×女体化ルル。『星夜、恋恋』とはまた別の単品です。 最初はそちらで書こうと思ったんですが、挫折。 どうしても14日中にあげたかったので、ちょっと無理矢理感が目立ちます。 と、とにかく、目標は達成、です。 2009/2/14初出 |