*愛しい貴方の為に 一*


 神聖ブリタニア帝国、第九十九代皇帝に、前皇帝の実子、第十一皇子であるルルーシュ・ヴィ・ブリタニアが即位した事に、世界は騒然となった。それも、実父である前皇帝を“誅殺”したと言うのだから、貴族及び他の皇族が黙ってはいなかった。
 だが、何故か、謁見の間に集まっていた全ての者が新皇帝の前に膝をつき、従う事を約束してしまう。
 そして、神聖ブリタニア帝国は貴族制、皇族制を廃止し、テロリスト集団黒の騎士団を率いていた“ゼロ”の提唱した、超合衆国に参加したいとまで、新皇帝は宣言した。
 一体、どんな裏があるのかと、今まで散々神聖ブリタニア帝国軍に辛酸を舐めさせられていた各国は、勿論、疑っていた。
 そんな折、新皇帝、ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアの騎士である枢木スザクから、オープンチャンネルを通じて、黒の騎士団側へ、極秘の会談の申し入れがあった。
 曰く。
 貴族制、皇族制の廃止に反旗を翻し、ブリタニアと戦うべく組織された黒の騎士団と手を組みしルルーシュ陛下の義兄や義姉、その他の貴族全ての同席の元、全権を委任した使者と、戦争回避のために会談をしてはくれないだろうか、と。
 勿論、戦争が回避されるに越したことはない。だが………渦巻く多くの思惑や悪意の中で、それでも、極秘会談は行われる事になった。
 その当日まで、ブリタニアからの使者の人数も、誰が来るのかも、伏せられたままではあったが。


 ブリタニア皇族専用の飛行船が、黒の騎士団の旗艦、イカルガへと降り立つ。今、ここには各超合衆国代表及び、黒の騎士団幹部、そして新体制を敷いた現ブリタニア皇帝ルルーシュへと反旗を翻したシュナイゼル・エル・ブリタニア、コーネリア・リ・ブリタニア、ナナリー・ヴィ・ブリタニア及び、貴族達が集まっていた。
 イカルガ艦内にある貴賓室には、急遽椅子が運び込まれ、既に会談の準備が整えられている。
 この会談に、世界の命運がかかっている。どちらかが降伏を宣言するまで戦争をするのか、それとも和平への平和的解決を模索していくのか。
 ブリタニアからの使者を出迎えるのは、シュナイゼル達反ブリタニア皇族・貴族側から、皇帝直属の騎士をしていたナイトオブラウンズのジノとアーニャが。そして、黒の騎士団側からは、幹部とカレン、そして既に死亡と言う発表のなされた“ゼロ”の親衛隊に配属されていた者達が当たった。
 それは、護衛と言う任務と同時に、有事があった際に動ける人材の方がいいだろうと言う理由からだった。
 飛行船の搭乗口が開き、細い足がタラップへと現れる。白い膝丈のスカートのスーツに、上は桃色のシャツ。肩で揃えられた黒髪に、下に縁のある眼鏡をかけた女性。その後から、灰色のパンツスーツ姿に、長い髪を後でまとめた、少女にも見える女性。その後からは、黒い学生服に身を包み、楽しそうに軽快に降りてくる少年。更にその後からは、疲れたように伸びをし、欠伸を噛み殺して降りてくる、軍服姿の男。
 続々と降りてきた四人の人物に、迎えに出た全員が言葉を失っていた。


 緊張が満ちる貴賓室の中で、最初に声を発したのは、シュナイゼルだった。
「そちらの要求は?」
 本題から入ってしまおうと、そういうことなのだろうが、誰もがブリタニア側の使者席に座った人物達へと視線を向けている。
「それは、こちらの台詞ですよ、シュナイゼル・エル・ブリタニア」
 返したのは、学生服を着た少年だ。手の中で、ナイフをくるくると廻している。
「貴方方は今、神聖ブリタニア帝国へ叛旗を翻した逆賊です。要求と言うのなら、そちらでしょう?」
 折りたたみ式のナイフのそれを、廻す事に飽きたのか、開いたり閉じたりし始めるその音が、虚しく室内に木霊する。
 その音に立ち上がったのは、黒の騎士団で統合幕僚長を務める藤堂だった。その視線は真っ直ぐに、一人の男へと向けられる。
「卜部」
 呼ばれて顔を上げた、四人の中で最年長の男は、かつて藤堂の元で四聖剣として活躍した武人の一人だった。“ゼロ”の華々しい一年ぶりの復活の日、エリア11のトウキョウ租界にあるバベルタワーで、惜しくも命を落としたはずの男。それが、何故、今、ブリタニア側の席に座っているのか。
 苦笑するように肩を竦めた男は、黒の騎士団幹部達の顔を一通り眺めて、一つ息を吐いた。
「命を救われたんですよ、ルルーシュに」
「命を?何故?」
「俺はあの時、瀕死の重傷ではあったんです。ブリタニアは酷い国ですよ。そんな俺を捕虜として捕まえた挙句、怪我が治るか治らないかのぎりぎりで生かして、騎士団の情報を引き出そうとした。勿論、喋らなかったですよ」
 崩れたバベルタワーの瓦礫の中、幸か不幸か、半壊したKMFがうまく盾になり、命だけは助かった。だが、そこから先は苦痛の日々。
「ルルーシュは、機密情報局からの情報で俺の生存を知り、密かにそこの…ロロを通じて俺を助けてくれた」
 ナイフをいじっていた手の中から、いつの間にかナイフが消えている。ロロと呼ばれた少年は、卜部の視線にそっぽを向いた。
「俺は、俺の命を救ってくれたルルーシュを、助けてやりたいと思って今、ここに座ってます。すみません、藤堂さん。朝比奈や仙波さんが死んだ事は聞いてますけど、俺は今、まだ二十歳にもならないのに世界を背負おうとしているあの子を、大事にしてやりたいんですよ」
 同じ四聖剣として戦場を駆け抜けた千葉は、驚いたように眼を見開き、藤堂も力を失ったように、椅子へと腰を下ろす。
 沈黙が、場を支配する。それを打破したいのか、黒の騎士団副指令である扇が口を開こうとする前に、壁際に護衛として立っていたカレンが一歩、前へと出た。
「ねえ、シャーリー、よね?」
 カレンの横で、ジノやアーニャも驚きを隠せない様子で、視線を向けているのは、灰色のパンツスーツに身を包んだ少女。
「うん。久しぶりだね、カレン。私のお葬式、出てくれた?」
 “葬式”と言う単語に、全員が驚きに息を呑む。
「私が生きているのが不思議?でも、私は貴女がそこにいる事の方が不思議だよ、カレン。だって、知ってるんでしょ?ルルが“ゼロ”だった、ってこと」
 少女は、悲しみを堪えるように、微笑んだ。










2009/7/20初出