*愛しい貴方の為に 二*


 少女は、一度目を伏せ、腕を伸ばして纏めていた髪を下ろし、真っ直ぐに敵対する勢力を見据えた。
「私は一度、死んでいます。彼に殺されて」
 少女、シャーリーが指差したのは、横に座るロロだった。
「痛かったよ、結構?」
「そうですか?いいじゃないですか。生きてるんだから」
「あ、ひどーい。魔女さんがいなかったら、生きてないんだよ?」
「なら、C.C.に感謝でもしてください。僕は謝りませんから」
 ロロは、退屈だとでも言うように、下を向いて手の中で携帯電話のストラップをいじり始める。
「ねえ、カレン。私はルルが大事。生まれ変わっても好きになれるくらい、大好きなの。ルルはね、私が死ぬ間際も、その後も、ずっと泣いていた。泣きながら、私に『死ぬな』ってギアスをかけ続けていた。一度しか命令できないって、知っているはずなのに、ね」
 ギアス。その単語に、ほぼ全員が眉間に皺を寄せる。
 それは、忌まわしき悪魔の所業。悪意の能力。逃れる事の出来ない、絶対遵守の命令の力。そのせいで、自分達は狂わされたのだと、黒の騎士団団員の間に、憎悪が吹き上がる。
「何度も、何度も、死なないでくれって…あんなふうに泣くルルの傍に、いてあげたい………そう思ったら、魔女さんが私の魂をこの世界へ戻してくれたの。ロロもそうでしょ?」
「僕の場合は、C.C.ではなく、V.V.ですが」
「その人も魔女なんでしょ?」
「正確にはコード所持者、です。何でもありの人達ですから。ギアスも効かないし」
 不服そうに、ロロが唇を尖らせる。
「カレン。貴女は“ゼロ”がルルだって知っていたはずなのに、何で傍にいてあげないの?」
 責めるように、シャーリーの視線がカレンを見る。その視線はそのままスライドして、ジノやアーニャへも向けられる。
「“皇帝の騎士”なのに、変よね。貴方達も、どうしてそこにいるの?傍にいるのはスザク君だけ」
「皇帝陛下を殺したんだぞ!」
「だから?」
「なっ………」
 シャーリーの言葉に、ジノが絶句する。シャーリーの言葉を引き継ぐように声を発したのは、それまで一度も口を開かなかった黒髪の女。
「自分の子供を、敵地となるべき土地へ、外交のために送ったにも関わらず、自ら戦端を開いた父親に、罰せられる理由はない、と?」
「何?」
「たとえそれにどんな理由があろうとも、子供からすれば見捨てられたのと同じ事。私は知ったのです。悲しい、ルルーシュの事実を。それに、前皇帝の唱えた国是は『強者こそ正義、弱者こそ悪』だったはず。ルルーシュはその国是に従っただけです」
 鈴の音のなるような声、とでも呼べるその声に、騎士団側の席にいる人物達の顔が、蒼白になる。
 そして、腰を上げたのは、コーネリアだった。
「その、声………まさかっ!!」
「悲しいですわ、コーネリアお姉様。私達が、敵対しなければならないなんて」
 左腕が眼鏡を、右腕が黒髪のウィッグを外す。すると、その下からは長い、長い桃色の髪、そして眼鏡の奥の青い瞳が、美しく輝いていた。
「お久しぶりです、シュナイゼルお兄様、コーネリアお姉様。そして、ナナリー」
 にっこりと、死んだはずの虐殺皇女、ユーフェミア・リ・ブリタニアが天使のように、微笑んだ。


 虐殺皇女、ユーフェミア・リ・ブリタニア。その名前は、黒の騎士団及び日本人にとって、悪名高いものだった。そして、ブリタニア皇族であるシュナイゼル達にとっても同様、悲しみと血潮を纏って語られる名前だった。
「ユフィ、姉様」
「久しぶりね、ナナリー。学園祭以来かしら?」
 にこりと微笑んだその表情は、虐殺皇女などと言う名前が似合うものでは到底なくて。
「本当に、ユフィかい?」
「勿論ですわ、シュナイゼルお兄様」
 足もありますわよ、とおどけたように肩を竦めたユーフェミアが、一つ深呼吸をして、口を開く。
「私も、彼女と同様、一度死んだ身です。けれど、やはり同じ様に助けてもらったんです。魔女に」
「その、魔女と言うのは、誰なんだい?」
「お父様がずっと探していた方です」
「父上が?」
「そうです。彼女を捕まえるためだけに、お父様はルルーシュからマリアンヌ様やナナリー、日本での思い出や騎士団との関わりと言う記憶全てを奪い、一年間、偽りの生活を送らせていた。彼女の名前はC.C.と言います。コード所持者であり、ギアスを与える者であり、死者と繋がる魔女」
「僕は、その一年間偽りの家族として、ルルーシュの傍にいました。監視役だったんです。C.C.が現れ捕獲できたなら、即座に殺せるように」
 言いながら、ロロは手の中で折りたたみ式のナイフから刃を出す。その切っ先を、ナナリーへ向けた。
「ルルーシュは、僕を愛してくれた。家族として、弟として。だから、君はもういらないんだよ、ナナリー。だって君は“ゼロ”を“ルルーシュ”を否定したんだからね」
「わ、私は!」
「何言ったってもう駄目だよ。あの人は僕の家族で、君の家族じゃない」
「っ!!」
 ナナリーが蒼白になり、言葉を失う。見えていない目は、幸いだっただろうか、向けられる、鋭い切っ先を見ずにすんで。
「貴方だって、そうでしょう、ヴィレッタ先生?」
 突然水を向けられたのは、扇の横に座る女。
「機密情報局でルルーシュの監視をしていたのに、何で黒の騎士団に入ってるんですか?」
「そ、それは、お前達がっ!」
「僕達が、何ですか?何かしましたっけ?」
 ヴィレッタの顔から血の気が引く。重い空気を一掃するかのように、ユーフェミアが一つ、手を叩いた。
「何はともあれ、私達は正式なルルーシュ皇帝の使者です。そして、ルルーシュを守り、愛する者。害を加えようとするのなら、勿論容赦は致しません」
 たった四人の使者に、数で圧倒的に勝っているはずの騎士団と元ブリタニア皇族達は、言葉を失っていた。












2009/7/20初出