*幾、星霜、君を………*


 声が、聞こえる。
『驟雨』
 優しく呼ぶ、柔らかな声。
『驟雨は、優しいです』
 愛した者の、声。何度も、何度も、名前を呼んでくれた、声。
 振り返っても、そこには誰も、いないけれど。
 緑溢れ、花咲き乱れる庭、水のたゆたう池に、吹きぬける風。
『今年も綺麗に咲きましたよ』
 花を愛で、触れる指先に触れたくて、手を伸ばした。
『どうかしましたか?』
 優しく微笑むその瞳が、綺麗だった。
「っ………」
 声を呑んで、手を伸ばして掴む、酒。煽るようにそれを呑み干して、床へと土瓶を叩きつける。
 酔え。
 酔ってしまえ。
 一時でもかまわない。
 夢の中でもかまわないから。
 ………お前に、会いたい。
「どれだけ、待てば………」
 後、何年、何十年………否、何百年、齢を重ねれば、逢えるのだろうか。
『僕は、ずっと此処に居ます。貴方の傍に、いたいんです』
 綺麗だと言ってくれた。雪のようで、けれどとても温かいと。
『驟雨』
「………つまらない、ものだな………」
 一人重ねていく時間の、何と無為な事か。
「もう、二百年だ」
 お前が、小さくて可愛いと言った、白い花を送ろう。
「お前が、逝ってから」
『驟、雨………いつか、きっ、と………』
「待っている」
 何時までも。
 いつまでも。
「お前を、待っている」
 ずっと、此処で。
 お前が、帰りたいと言った、この屋敷で。
「翡翠」
 風が、花を運ぶ。
 共に、想いを。
 小さな石の、前まで。
「翡翠」
 銀灰色の、瞳から、涙が一雫。
 風に攫われて、弾ける。
 夜空に浮かぶ、弓張り月が、異形の姿を、闇夜に照らし出す。
 美しく、気高い、孤高の、異形の姿を。







これは、とても思い入れのある作品です。
高校生くらいの頃から、ずっと書き綴っていて、何度も、何度も書き換えている作品。
の、ダイジェストのようなものです。
20×20の原稿用紙、三百枚をゆうに超える枚数を書いています。
それでも未だに完結しない。
完結させたくない、と言う思いがあります。
ずっと、書いていたいような、そんな気分に。




2009/5/15初出