*酔ヶ淵*


 目尻に、朱。白い頬に、淡紅。
 白く細い足を広げ、広い腰の上に乗り、険の滲んだ紫色の右目で睥睨してくる妻を見上げ、黎星刻は頭を左右に振った。
 眼が、据わっている………と。
 ゆるゆると伸ばされた手が、星刻の服の襟を掴み、ぐい、と引き寄せた。
 そのまま重ねられた唇が、ひどく、熱かった。
 頭の中で、否定の言葉が響く。彼女は今酔っているのだから、手を出すわけにはいかない、と言う理性の声が。そしてそれと同時に、それを焼き溶かそうとでもするような甘い熱が、駆け抜けていく。
 ああ、拙い………そう思った時には、遅かった。


 月見酒でも、と思い用意した二杯の盃。子が寝静まり、夜の静謐が支配するその場所で、甘く芳しい酒精が漂う。
 並々と注がれた、透明の酒。白い磁器の深みを増すようなそれを、一息に呑み干した眼前で、盃に視線を注ぐ妻。
「どうした?」
「いや、初めての味だ」
「そうか」
「と言うか、あまり酒を呑まないからな」
「え?」
 一口、また一口と、一息に呑まず、味を確かめるように、舐める程度にしているのを見て苦笑し、自分は二杯目を注ぐ。
「酒は好まないのか?」
「必要なものではないからな」
 ようやく一杯目を呑み終えたのか、盃が卓に置かれる。そこへ二杯目を注ぎながら、問う。
「味はどうだった?」
「悪くない」
「それは良かった」
 悪くないと言いながら、それでもちびちびと飲んでいるのは、慣れない味だからだろうかと、特に気にせずに呑んでいたら、いつの間にか、瞳が半分閉じ始めていた。
「ルルーシュ?」
「ん…何だ?」
「君は、もしかして………酒に弱いのか?」
「さあ」
 答えながらも、とろとろと右の瞳が閉じていく。
「弱いなら弱いと………」
「弱くない」
 必死に眼を開けて、言い募る姿に溜息を吐き出して、盃を置いて立ち上がる。
「ほら、眠いのだろう?」
「眠くない」
 深々ともう一度溜息を吐き、腕を掴んで立ち上がらせる。ふらつく足を危ぶみながら、何とか寝台まで辿り着き、寝かせようとするが、頑なに、大丈夫だと言う。
 足もふらつき、眼も閉じ始めていて、どこが大丈夫なのかと、口を開く。
「頑固だな、君は」
 途端、腕を振り払われ、体を突き飛ばされた。
「おい、ルルーシュ」
「煩い」
 ぐらりと揺らぐ体を抱きとめれば、全体重をかけるように、凭れ掛かってくる。突然のその行動に、受け止めたまま寝台に腰を下ろす格好になった星刻の上へ、ルルーシュが足を乗せた。
「ル、ルルーシュ?」
「煩いと言ったぞ」
 足を乗せ、星刻の腰を跨ぎ、隻眼で見下ろす。
「黙らせてやる」
 物騒なその言葉は、けれど、艶かしい唇から零された。


 鳥の鳴き声と眩しい陽射しに、薄っすらと瞼を開ける。
 ああ、朝か………などと悠長に思いながら眼を擦り、体を起して、動きを止める。
「ほあぁあっ!?っ…いたっ!」
 叫んだ途端、脳内に響く痛み。ずきずきと言う音がするのではないかと言う痛みに頭を抱える。
 何だ、何なんだ………一体、夜中に何が起きたと、記憶を手繰るが、確か、星刻が月見酒でもしないかと、酒を出してきたのは覚えている。盃に注がれた酒に口をつけたことも。だが、そこから先を、覚えていない。
 ならば、この激しい頭の痛みは、二日酔いかと、隣で眠る男の横腹を、蹴りつける。
「っ………な、んだ…?」
「起きろ、この馬鹿!」
「………は?」
 叫んで、再び頭に痛みが走り、涙を堪えて、眼を覚ました男が体を起すのを待つ。
「ああ、起きたのか………気分はどうだ?」
「最っ低だ!お前!俺が酔っているのをいいことに………」
「誤解があるようだから言っておくが、誘ってきたのは君だ」
「はぁ?俺が?」
「ああ。酔っていたようだし、目も据わっていたから覚えていないのかもしれないが」
「覚えていない」
「そうだろうな」
 星刻が頭を抱えているルルーシュに腕を伸ばすと、弾かれた。
「触るな。いいか!しばらくはベッドも別だ!」
「な………それは、横暴だろう!?」
「煩い、煩い、煩い!もう決めた!」
「君は、昨日からそればかりだな………いい加減、私も怒りたいのだが」
「何がだ?」
 頭を押さえているルルーシュの腕を掴み、寝台の上へ押し倒して、細い体の上に乗ってしまう。
「おい、何してる?」
「私も、君を黙らせてみようと思っただけだ」
「は?」
「昨夜、君が言ったんだ。黙らせてやる、とな」
「星刻………その、何だ………?お前、目が据わってるぞ」
 深い臙脂色の瞳が、まるで睨むように見詰めてくるのに視線を逸らそうとして、顎を掴まれる。声を出す前に唇を塞がれ、長い舌が咥内に侵入してきたかと思うと、大きな手が体の線を辿っていく。
 だが、ルルーシュは否も応も、声が出せなかった。
 唇を塞がれ、声を奪われていたから………









寝台内での夫婦の攻防(笑)
ルルーシュはお酒に弱いと信じています。
で、星刻はきっと強いはずです。お酒に強くあって欲しいです。
タイトルの単語は私の造語です。恐らく、こんな単語はありません。
読みは、「よいがふち」とでもお読みくださいませ。(適当だな、おい)
ただの痴話喧嘩にしか見えない二人を書きたかったんです!!






2008/9/7初出